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お墓がない!


感想:

一昨年の暮れに、うちの親父が死んだ。

寝ていた部屋のコンセントが漏電し、そこから火がついて家屋は全焼した。駆けつけた消防隊によって鎮火され、親父はその焼け跡から焼死体となって発見された。

「おじさんが亡くなりました。弟さんに連絡を取ってください」

親父の死を聞いた弟の友人からfacebookでメッセージが来た。連絡をつけるとちょうど現場検証が終わったところで、これから葬式の手配をするという。

わが家は私が生まれた頃から自営業を営んでいたが、住んでいた田舎の過疎化などの理由で、最終的に自己破産した。競売にかけるため、当時の自宅は手放した。そこから親父が引っ越したのは片田舎の小さな平屋で、田舎によくある土間付きのボロ家だった。

葬式に帰るにも金がない。私の口座には、往復の航空チケットを買う程度の残高も無かったので、それを理由に一旦は参列を断った。ちょっとしてから考え直し、チケットが取れたら、という条件付きで田舎へ戻る事にした。

インターネットで航空券を予約、もちろん大手航空会社は高いから、LCC系で葬儀に間に合う便を探す。隣県の空港となるが朝イチで飛ぶ便を見つけたのでクレジットカード決済で予約し、帰りの便も何とか都合がついた。改めて弟に連絡し、それから勤務先へ忌引欠勤する旨伝えた。

ふと、香典の金額が気になり、改めてインターネットで調べた。実父に対する長男の場合、10万円が相場だという。仕方がないのでサラ金のATMから10万つまんだ。

あくる朝始発の電車で成田空港まで行き、そこから田舎のある九州まで飛んだ。到着した空港から自分の田舎の葬儀場までは車で2時間弱程度で、レンタカーを借りれば話は早かったのだが着いた安心感から売店でビールを買って呑んでしまい、止む無く高速バスで最寄りの停車場まで移動することにした。どうせもう車は運転できないのだからと、そのバスを待っている間にビールをもう一本買い、車中で呑んだ。

諸般の事情から、バスは時刻表に記された到着予定時刻を大幅に遅れて運行していた。ようやくバスを降り葬儀場まであと少しというところで弟から電話があり、そろそろ出棺なのだがまだ時間がかかるか、と聞かれたのであと10分ほどで着くと伝え、足を速めた。

ようやく着いた葬儀場にはほとんど弔問客は残っておらず、そこにいたのは父方の親族、親父の長年に渡る親友、私の弟、そしてその弟の知り合いくらいだった。受付も閉めていたので直接弟に香典を渡し、親父が入っている棺桶を覗きこんだ。

焼死体であった親父は、これまで私が赴いた他の葬式と違い、全身どこも見えないように衣で包まれていた。そういう時専用のものがあるのだな、と感心した。葬式は一番安い料金プランを選んでいたため送り花も貧相で、親戚から「お花を入れてあげなさい」と渡されたものがほとんど茎しかなく、内心笑った。

それでは、という葬儀場のスタッフの催促を請け出棺し、その数時間後、おそらく真っ黒な焼死体であったろう親父は、改めて火葬場で焼かれて綺麗な白い骨を残すのみとなった。その場にて、のど仏と言われているのはこのように仏様が座ったようにみえるからなんですね、という解説を火葬場のスタッフから聞くのは既に三度目となっていた。

「深見のおとっつぁんもバカだよな。死んだら人が焼いてくれるのに、自分で焼いちめぇやんの」

ビートたけしの師匠、深見千三郎が焼死した際に高田文夫が漏らしたとされる彼なりの弔いの言葉を、その火葬場で思い出した。

 

翌年、初盆という事で再度帰郷し、弟とスケジュールをあわせて墓参りをすることにした。二十数年前に母が死んだ際に住職を送り迎えしたので場所自体は知っていたが、そこへ墓参りをした記憶はほとんどなかった。

墓守をしてくれている親父の弟の家に行き、祖父母はじめ我が家系のものとなる仏壇に焼香した。田舎にいた頃遊んであげた、当時保育園通いだったその家の娘はすっかり大人になっていて、現在は市役所勤めをしていると言った。あとで弟から聞いた話によると彼女の趣味はコスプレで、休みの日などはレイヤー活動をしているという。私の弟は弟で市内にてオタクバーを開いているので、そういう家系なのかな、などと思った。

長男でありながら不義理な私であったので何だか居辛く、挨拶もそこそこにその家を出て、タクシーで墓地に向かった。

現地で再び合流した弟は線香と香典袋を買ってきてくれていた。先ほど焼香はしたものの香典袋を忘れていて、はだか銭ではあんまりなので包んでから渡そうという話になっていた。

簡単な墓掃除をしてから線香をあげ、手を合わせた。わが家の墓だが、親父の弟はここに親父が入る事には良い思いをしていないらしい。私以上に不義理を重ねた晩年であったので、その気持ちはよくわかる。だがしかし、そこに保管されているいくつかの箱に収められたそれぞれの陶器の中には、かつて意思のある人間だった、その残りのカルシウムの塊が入っているに過ぎない。

もし魂があるとして、霊魂としてそれまでこの世から旅立った者同士で疎通が出来るのだとしたら、私がここに眠れば、おそらくは永遠に両親をはじめとした霊魂から小言をくらい続けるのだろう。そうであるならば、この中に私の余ったカルシウム群を安置する事は、出来るならば避けて欲しいのだが、果たしてその答えを知る人はいない。

 

そんな経験を持つ私が「お墓がない!」を観た。

 

率直に言うと、監督の原隆仁には、伊丹十三や周防正行のような、特定の業界を題材としたコメディ映画を作れるセンスというものを感じることが出来なかった。

作品を通して伝えたいメッセージは特に無く、「業界あるあるギャグ」も品がない。コメディの演出自体が下手だった。

「『誰も寝てはならぬ』を聴きながら寝ている岩下志麻……わかる!? ねぇこれ笑うでしょ!! だって流れているのが『誰も寝てはならぬ』なんだよ!?」

そういう事を、何の前フリも情報も無く描写する。

「これって面白いよね!? だって俺が面白いって思ったんだもん!!」

そんな声が聞こえてきそうな、例えるならよくいる押し付けがましい成金の所作にも似た、笑えない的外れな演出があちこちにあった。主題歌は小比類巻かほるによる「What A Wonderful World」のカバーで、これらをおしゃれだと思って使っているのであれば、そのセンスと引き出しの少なさに唖然とするしかない。

ただし、

劇中白髪のメガネ老女を演じる岩下志麻、これだけは良かった。

どうよかったのかというと、つまりは一発ヤりたい。

私は岩下志麻というと、どうしてもキツいイメージしかなくて、この映画に食指が動かなかったのも、ポスターやDVDジャケットに使われていた、彼女がド派手な格好をしたビジュアルそれ自体が苦手だったからである。

しかし本編中、登場人物としての大女優を入れ子で演じるのとは逆に、無知で純粋に振る舞おうとして(もしくは振る舞って)いた老女の恰好の岩下は、素晴らしくチャーミングだった。この役で何か一本スピンオフを撮って欲しいくらい可愛らしかった。

フェラチオをお願いしたらやってくれそうな岩下志麻が、そこにいた。

黄色の丸メガネも似合っていた。もし行為に及ぶなら、これは外させない。そう思った。

最近メガネ女子に弱い。メガネ女子といってもビジネスウーマンとか博識系とかではなく、「地味子は隠れ巨乳」シリーズに出てくるような、ちょっと弱気だけど湧き上がる性欲にはあらがえない、そんなメガネ女子動画をついついダウンロードしては果ててしまう。他に消化しなければならないエロ動画は山ほどあるというのに、だ。

メガネ女子といえば野坂なつみを忘れてはならない。彼女は料理も上手だという事を、出演していたテレビ特番で知った。レポーターは高田純次だった。

「お墓がない!」における老女バージョンのメガネ志摩のような素敵な女性と出会うにはどうすればいいのだろうか。はとバスの日帰りバスツアーとか参加すればよいのだろうか。物憂げに車窓から景色を眺めている彼女に声をかけたい。ツアー終了後、お食事に誘いたい。お近づきのしるしに、バイブを買ってあげたい。これを私だと思って、というメッセージを添えて。そして親密になれた暁には、彼女にこう言うのだ。

こんなクソつまらない映画に出るのなんか止めて、一緒のお墓に入らないか。

スクリーンの向こうの、メガネの志摩に恋をした。

おわり

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