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ブリッジ・オブ・スパイ


Bridge of Spies

感想:

正しい(と自分では思っている)事を言うのは気持ちが良いし、正しい(と自分では思っている)行いをするのも気持ちが良いもんです。

SNSなどでは、「正しい(とその人は思っている)発言」をあちこちで見る事が出来ます。××という法案は廃止すべしとか、××という会社はブラックなので潰れるべきとか、××は人として間違ってるので死ね、とか。

外に出てみても、「正しい(とその人は思っている)行動」をあちこちで見る事が出来ます。ポスターだとか、デモ行進だとか、喧嘩だとか。

でもこの世の中は、一向に良い方向に向かいません。

それは、そういった発言や行動を起こす人の多くが、実は「自分の生活にデメリットの出ない程度のもの」を無意識もしくは意識的にに選び、実際に何かを変えるような行動に至るまでにはならない事が多いからです。

身近な出来事を例に取ってみると、例えば職場での陰口です。当事者がいないと、「あの人はちょっとね」と言う人がいます。会議から帰って来て「あんなやりかたじゃ上手くいかない」と言う人がいます。本当にそれらの状況を良くしたいのであれば、ダメな人には助言すべきであり、ダメな会議では何がダメかを発言すべきだと思うのです。しかし大抵、「陰口」を叩く人というのはそういう行動には出ません。自分がそういった行動に出たとしたら、嫌悪や反発といったデメリットが生まれる事を知っているからです。

前述したSNSでも、良く見ると世間に物申している発言者がおかしな設定をしていることが目に止まる時があります。Twitterには鍵(フォロワー以外には未公開)をかけ、Facebookの公開範囲は「友人まで」だったりします。これが意味するものは、その人が言う暴言には「ストレス発散のためのガス抜き」程度の覚悟しかないということです。

誰でも指摘できるような「間違った事」がなぜ我々の社会で横行するかというと、正しいことよりも楽だからです。正しいことよりもお金になるからです。正しいことよりもスムーズに物事を進める事が出来るからです。正しいやり方があるのにそれを行わず、間違ったやり方が慣習となるに至る理由は、「建前では食っていけないから」です。そういう判断が出来る人のことを、不思議なことに世間一般では「大人」と呼びます。

食える食えない、つまり「お金を貰えるか貰えないか」という事は命に関わりますので、自分がそれを貰うために働いている場所や、そのためにつながっている人たちへの発言や行動は、普段世間に物申す態度を取っている人も一変して保守的になっている場合が多いのではないでしょうか。政治家や世の中やシステムに異は唱えられても、自分の眼の前にいる上司の間違った行動には進言できないものです。サービス残業や使えない有給制度を改善しようとは言いだせないものです。

 

世界や世間に異は唱えられるのに、一番重要である自分が生きるテリトリー内の環境には、解決できない不満を抱えたまま黙って隷属している。

お金がなければ死ぬ、という簡潔な恐怖は、それほどまでにわたしたちを卑怯に、卑屈にする力があるのです。

 

「ブリッジ・オブ・スパイ」の主要人物であるソ連のスパイと、彼を弁護する弁護士は、少なくとも金の有る無しや、自分の立場・命が危うくなるからといった判断で、その行動や信念を曲げる事はありませんでした。

スパイの信念は「自分が何を知っているかを言わない事」。弁護士の信念は「自分が知っている"法律"というもの、またそれを定義する大前提である"憲法"に忠実である事」でした。どちらもそれぞれの職業では当たり前の事です。この二人に対し、「忠実であるな、"大人"の選択をしろ」という圧力がかかる事とそのリアクションが映画前半の展開となります。

このスパイが、弁護士が、それぞれの圧力に対して「それは出来ません」という態度を取るその信念は、彼らがそれを貫いたところで何の保証が約束されているものでもありません。スパイは寝返れば命は助かるかもしれないし、弁護士は敵国のスパイだからと有罪前提で弁護すれば、世間の波風は立たないかもしれません。しかし彼らには、それは出来ない相談なのです。

 

なぜならば、圧力に屈することは、自分の存在意義を無価値にする行為だと判っているからです。有機生命体としての寿命は全うできても、その後の人生を「自分」として生きていく事が出来なくなってしまうからです。

 

物語の後半は、ソ連のスパイひとりに対し、弁護士が交渉人となりアメリカのスパイならびにアメリカからドイツに留学した学生を引き渡すまでのやりとりがメインとなります。この交換交渉も、よく考えれば意味はありません。もしそれぞれのスパイが自分の知る機密を全て相手方へ喋っていたなら、取り戻したところで生かしておく理由も無くなるからです。また自己責任で捕まってしまった学生をわざわざ米ソという舞台の交渉テーブルに持ち出すほど価値がある人間かどうかと言わると、それもまた疑問です。

しかしトム・ハンクス演じるこの弁護士は、粘り強く交渉します。アメリカ政府が望む交換条件に、この学生は上っていないというのに。

 

舞台は1960年代、米ソ冷戦下の話ですが、21世紀に生きる私たちの、普段の生活で、仕事で、一体自分はどれだけ自分の生き方に「正しく」向き合えてるのかと考えさせられ、またシリアスになりすぎないようユーモラスな場面も沢山盛り込まれていて楽しめる(笑える)、素晴らしい映画でした(ベルリンのニセ家族と親切なストリート追いはぎが最高)。

あとクライマックスの人質交換の場面には、天才バレエダンサーであるミハエル・バレシニコフと、宝焼酎のCMで「ShotッYou!!」と言ってたタップダンサーのグレゴリー・ハインツが出ていた「ホワイトナイツ/白夜」を思い出したりしました。

 

鑑賞後、自分の心には、この物語を通じて感じた世界平和とか政治信条問題より前に、

「あー俺もうちょっと真剣に仕事と向き合おう」

なんて気持ちが生まれていました……翌日以降の仕事に、その反省が反映されることはありませんでしたが。

人間は過ちを繰り返す動物、なんですなぁ。 

おしまい

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