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拳銃と目玉焼


感想:

よくよくかんがえてみれば、「日本よ、これが映画だ。」という「アベンジャーズ」のキャッチコピーは秀逸だったと思う。

発表当時このコピーは賛否両論を巻き起こした。まるで日本人は映画についての見識が薄いとでもいいたげな、挑発的なコピーだった。

映画そのものは「これ"は"映画だ。」という程度の出来だった。マーベル映画としては日本でいう東映まんが祭り的なコンセプトをもつ良作ではあったが、「これを観たらもう他の映画は観るに堪えない」なんて気分になるたぐいのものではなかった。その程度に「これが」という文句はインパクトがあった。それは以降このコピーの亜流(パクり)やコピーに対するアンサーコピーがあちこちで使われるようになったことからも見て取れる。

 

「見よハリウッド。これが日本のヒーロー映画だ!」

映画「拳銃と目玉焼」のフライヤーには、そんなコピーが踊っていた。これも明らかにアベンジャーズのコピーに影響されたものだろう。続いて裏面にはこうある。

「カメラ8万円、ライト750円、スタッフ3.5人…。町のビデオ屋が作ったヒーロー映画の金字塔!?」

これらはYoutubeにアップロードされている予告編でも確認することが出来る。

「死ぬほど低予算なんですけど、死ぬ気でつくりました!」

そんな売込みでぼくがまず思い出すのはロバート・ロドリゲスの「エル・マリアッチ」で、同様に作品制作時は素人同然だったけど、今ではハリウッドの大監督になっている、となればピータージャクソンの「バッド・テイスト」とかサム・ライミの「死霊のはらわた」なども思い出す。あと死ぬ気ではないかもしれないが低予算でガッツリ売れた作品としては「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」……彼らどこに行ったんでしょうね。

まあそんな感じで、「予算はないんだけれども作りたいものを(時には数年がかりで)完成させた映画」には、ほとんどがクズ石の玉石混合状態ではあるが、後世までソフトとして残る作品もたまにある。

ではこの「ハリウッドに『見よ』と高らかに宣言する、低予算をウリ文句にした「ヒーロー映画」はどうなのだろうか。本作品が先日DVD発売されたのに伴い、原宿で試写会が行われるというので行って来た。

会場となった原宿・CAPSULEは簡素なレンタルシアターで、パイプ椅子を並て30人程度が鑑賞できる広さがある。到着した際には丁度入場が始まっていて、何も書かれていないA4の白い紙に名前を書いて入場した。監督らしき人の挨拶の具合からいって、身内の人もチラホラと来ているらしい。開演前に安田淳一監督がスクリーン前に登場し、観覧車へ来場のお礼と上映後に役者挨拶がある旨伝えて上映は開始された。

本編が終わり、監督ならびに主演小野孝弘そしてヒロイン沙倉ゆうのの挨拶があり、スペシャルゲストとしてゆうき哲也(元チャンバラトリオ)も登場し、作品に関するトークを展開、最後に来場者へプレゼントじゃんけんをして試写会は終わった。

「twiteerやSNSで、本作を拡散してください!」

そうアピールする姿に好感が持てた。

「感想は作品をケナしていても構いませんので!!」

それは良い事を聞いた。では本題。

 

個人的な感想としては「期待したのとかなり違う内容」の作品であった。

ところどころ、面白い場面はあったが、それを上回る「この話いつまで続くの?」というエピソードが大半を占めていて、予告編で受けた印象とは全く違うつくりになっていて正直辛かった。DVDで借りていたら、アクションシーンが始まるまでずーっと早送りしてたかもしれない。そうなると序盤で主人公が親父狩りにあった連中に復讐してから、クライマックスまでずーっと早送りする事になり、10分も観れば終わる映画になってしまうのだが。

ストーリーは要約するとこんな感じ。

1) 新聞配達店で働く主人公は行きつけの喫茶店で働く女の子に恋をしていて、彼女の気を引くために痴漢狩りに赴くも、逆におやじ狩りに逢う

2) おやじ狩りの際に出会った町工場の親父と知り合いになり、おやじ狩りをしていた連中を退治すべく通販でプロテクターなどを買い、復讐を果たす

3) ところでヒロインには同棲している彼氏がいて、借金を返すために喫茶店以外にも夜はデリバリーへルスで働いて収入を得ていた。

4) その同棲している彼氏は仕事が続かず、返済が滞っている借金先からオレオレ詐欺で働く事を斡旋される。仕事は次第にこなれてくるが良心の呵責に堪えかね、詐欺集団の金庫から金を奪って彼女と逃げようとするも、事がばれて逃亡直前に拉致され、ボコボコにされる

5) 主人公はヒロインが風俗で働いている事、同棲している彼氏がいる事を知りショックを受けるが、拉致された彼女の恋人を救い出すため詐欺集団の事務所へ殴り込みをかけ、一味を倒して彼氏を連れ戻す。カップルは喫茶店のママのつてがあるところに逃げ、主人公は以降「この町の正義の味方」として活躍することを決める。

3)-4)がクソ長い。そして「もう主人公はこのヒロインの彼氏にして、なにわの人情噺として売り込んだ方がいいんじゃねえの?」っていうくらい、二人についての話が延々と続く。ここが面白ければまあ許せるんだけど、本当に本当にありきたりな話を延々と繋いでいて辛かった。

「実は二人は元劇団員で、旗揚げを持ちかけられた人に借金して作ったお金を持ち逃げされた。二人は信用が無いのでお金は街金や闇金からも借り、その返済のため彼女は仕方なく風俗で働くようになったが、完済がいつになるのかは二人にもわからない」

……こんなバカ助けるなよ。頼むよ。助けるならもっと、主人公がそうせざるを得ないような動機つけてくれよ。最後の方で「ぼくは正義のために戦ったんじゃない!! 貴方のために戦ったんです!!」みたいなこと言うけどさ、そんなので泣くのって童貞くらいのもんだよ。死を覚悟する程好き、がどこにかかってるのかわかんないじゃん。ルックスなら論外、彼女が作る目玉焼きが、自分のお袋が作ってくれたそれと似ていたから、ならもっと母性を感じさせるエピソード入れてもいいだろうが。

んで彼女が風俗で働いている事がバレたきっかけってのが、「主人公と同じく喫茶店の常連であるタクシー運転手が、競馬で勝ったのでデリヘル呼んだら彼女だった」っていうんだけど、いやそれ別にいいじゃん。彼女じゃなかったらデリヘルで抜いても何の問題もないのかよ。風俗に対してどんな偏見持ってんだよ。

そいで主人公が「嘘だー!」って言って、でも困ってるんだったらお金を渡そうということで彼女を指名してホテルに呼び出すんだけど、結局なにもしないでお金だけ渡そうとする。失礼にもほどがあるだろ。そんなことしなくても、喫茶店のママに聞いて彼女の部屋尋ねればいいだろ。「確実に遭えるから」って、それお前が良ければいいって話じゃん。風俗で働いている人がみたら、このくだりは非常に腹立つと思うし、マジで失礼な筋書き。

結果的にこの脚本のダメなところにトドメを指しているのが彼女の彼氏で、最初こそダメ人間に見えるものの、途中からどんどんいい人になっちゃう。クライマックスとか完全にしっかりした好青年。だったらお前が最初からホストとかすればよかったんじゃねぇの? 事務所から「彼のイメージをそこなわせないように」みたいなクレームとかあったのかしら、と思わざるを得ないほど。

例えばだけど、二人は劇団の旗揚げ用に貯金していて、彼氏は持ち前のルックスを使ってホストで稼いでいた > 無理がたたって彼は肝臓を壊し、保険に入っていなかったので莫大な手術費が必要だった > 貯金だけでは足りず、街金からも借りた > 返済額に足りないので彼女は風俗で働きはじめた > 彼氏は迷惑をかけまいとホストやってる店に掛け合ったら、オレオレ詐欺を紹介されたーーとかの方がスマートだし、彼が実は夢のために一本気な男だったってキャラになるし、だったら助けてあげなきゃって気持ちにもなるじゃん。それらは別にホストクラブや病院にロケに行かなくたって、二人の済んでる部屋にそれっぽいスーツ掛けておくとか、お薬飲む時間だよって告げるシーン入れるだけで成立するじゃん。

んでまさかこんな荒い話で泣かせる気じゃないだろな……と思っていたら、隣りの席の人が嗚咽していて驚いた。マジか。

ストーリーは以上のように、「泣かせ」にかかるための筋立てが滅茶苦茶(同情出来ない)なのでどうでもいいんだけど、本当に、心の底からこの作品で許せない点がある。それが、

「クライマックスのジャンプキックが届いてないのがはっきりわかる」

カットを使用している事だ。ええっ!? この映画の肝じゃないのか? この場面。

「そのキックは届きませんでした」って事かと思って一瞬感動したよ。ああ、やっぱり凡人は凡人。泣ける―ッ!! って。ここで笑かすか―ッ!!って。そしたらそういう事ではなくて、次のカットでキック継ぎ足して相手吹っ飛んでんの。そりゃぁないよ!! 一番やっちゃだめだろ。

初めの方で見せていたへなちょこキックではなく、特撮好きが観ても「マジか―!!」って思わせる迫力あるジャンプキック、それはつまり主人公の修練の結果であり、成長であり、この映画で一番気を使わなきゃダメなところじゃないのか!? 「そらそんなもん喰らったら吹っ飛ぶわ」って映像が撮れるまで粘るべきなんじゃないのか!? とにかくそれを観た瞬間、僕の中でこの映画は「見返す事の無い作品」のひとつとなったのである。

とはいえ、ところどころ笑える(嘲笑ではなくコメディとして)場所もあり、おそらく主人公のコスプレ姿が監督の撮りたかったものだろうという事でそのシーンだけはカッコ良かったし、映画でなく、地方局が制作したテレビドラマとかで、それをたまたまテレビで暇つぶしに観たとかだったら「期待してなかった割には面白かったな」という感想が持てたであろう一本だった。オチのギリギリNGギャグからエンドロールへのつなぎもよかったし、エンディングテーマがスカというのも爽快感があって良かった。

低予算を推しにしているけれど、結局画作りが出来るカメラマンと演技が出来る役者がいれば「映画っぽい」ものは作れるのであって、観客は劇場では1,800円、レンタルDVDは300円なり500円なりのお金を払って「面白そうだ」という期待込みで観るのであるから、予算がいくらにせよ、どれだけ持ち出しや借金をしてるにせよ、そんなことアピールされたって、お話自体が面白くなかったら「知るか」という話である。

返して、冒頭に出した「激低予算映画の巨匠たち」が何故すごいのかというと、映画の造りはさておき、そういう点が面白い(かつ独創的だ)から評価されたのではないか。本作の監督はもともとプロのカメラマンであり編集者であり、しっかりした画が撮れて編集もこなしているが、脚本はもっと冒険してもいいと思うし、キャラクター描写はもっと複雑でもいい(あと贅沢を言えば音声が直とアフレコの差が激しいので、こういうところの仕上げにももっと気を配って欲しい)。どうも監督の「製作費をペイする程度には万人に好かれる物語を」みたいなものを作品の隙間から感じた。普段は企業PVなどを作ってるみたいなので、変な手癖や道徳、それから特に「しがらみ」みたいなのを「自分の撮りたい映画」に持ち込むのは良くないと思う(次回作「ごはん」についても、「これはこういう話で、こんな気分になれます」というのをナレーションで語りすぎ。あと個人的な好みかもしれないけれど、ご飯がベショッとしてて美味しそうじゃなかった)。

ちゃんとスポンサーがついて、製作費が確保できた状態で作れていたら、もっと面白い話になったのかなぁ、とも思うけど、挨拶などをみる限り監督は真面目な性格だと思うので、それはそれでやっぱり遠慮した話のまんまだったのかなぁ、などとも思う。

4000字ほど書いた。

「何これ、つまんね」って書いて終わらない程度には魅かれるところもあった。

でもやっぱ「見よ、ハリウッド」と言われても、たぶんハリウッドそんなに暇じゃないと思う。「これが日本のヒーロー映画だ!」って言われたらヒーロー映画作ってる人たち怒ると思う。

予告が一番面白いので、それ以上を期待する人は予告で満足するのがお勧め。「吉本新喜劇」とか好きな人なら、なんとか最後まで観れるかも。

つくづく惜しいが、書くの飽きたのでさらば。

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