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クロユリ団地


The Complex

感想:

ぼくが住んでいる最寄りの映画館で一番近いのがワーナーマイカルシネマズということで、普段映画を見るときはたいていそこのレイトショーに行ってるんですが、「クロユリ団地」については映画の予告に加え、「ぱちんこ クロユリ団地」という、この映画のパチンコ版の宣伝もしていてですね、なかなかギャンブルな事やってんなぁと思ったんですよ、パチンコだけに。だってこの機種の導入時期は6月上旬で、映画の公開は5月18日な訳です。万が一映画が初週でコケたらですよ、「つまらない映画のパチンコ台」って事になるじゃないですか。

パチンコ店側もね、確かに前田敦子と成宮寛貴が出てて、とか、プロデュースが秋元康で、とか、普段のパチンコ台と違って映画の宣伝を受けての相乗効果もありますから、などとプレゼンされてると思うんですよ。しかし、やっぱパチンコの面白さというのは映画本編全く関係なく、リーチ演出であったり継続確率だったりといった「アツさ」があってこそな訳で、それに使われる映画や版権ものがどんな傑作であれヒット作であれ、結局はフィーバーするかどうかというワクワクを演出する際の補助的なものにしか過ぎない訳です。

そういう視点で改めてこの映画を観るとですね、「フィーバーのために用意されたんじゃないか」と勘ぐられてもおかしくない、不自然な照明だったり演出だったりが施されているなぁ、と。主演の二人は、「エンディングは当初用意されていたものと全く違うものになった」とインタビューで答えていたんですが、何故そうしたかの理由として、「パチンコのリーチ演出としては弱いから」というのがあったんじゃないかと、すっかり汚れたこころになってしまったぼくは思ったりもする訳です。キュイキュイキュイーン(京楽のSE)。

まぁいいや、じゃあそれを考えなかったとして、この映画についての感想を。

「クロユリ団地」というのはなんともぼんやりとしたタイトルだと思うのですが、クロユリの花言葉は「恋」と「呪い」なんだそうです。異なる感情がどちらも一つの花の花言葉になっているのは珍しいと思うのですが、ともあれクロユリという花は情念にまつわる例えとして出すにはちょうどいいものだということがわかりました。

では「クロユリ団地」の英語タイトルを観てみましょう。”The Complex”だそうです。おや、こちらは邦題に比べて映画の主題に近いタイトルになっていますね。「コンプレックス」という邦題でもよかった気がしますが、こちらではいささかネタバレ感があるうえに、ストーリーとして危険すぎる夜のデートが発生したり、延々と「びーまいべいべぇ」という呪詛を唱えられたりする可能性があるので、絵面でなんとなく不気味な感じのするクロユリと、共同体としてはアパートに比べて孤立した生活感のある「クロユリ団地」でよかったと思います。

ストーリーなんですが、個人的にはいろんな要素を盛り込みすぎだと思いました。この映画に出てくる主要な人たちをちょっと並べてみます。

・自分の発案が原因で両親と弟が死んだと思っている二宮明日香(前田敦子)の話
・自分の運転が原因で恋人が植物人間になった事を悔いている笹原忍(成宮寛貴)の話
・アクシデントにより死んだミノルの霊の話
・孤独死したジジィの話
・悪霊払いの女の話

さて、前半。「観客にはちょっと不自然にみえる日常を送っている」明日香の話がとりあえず進みます。ここでいう不自然さは、特に照明やディテールで感じる事が出来ます。この団地のグレード対して不釣り合いなシステムキッチンだなぁ、とか、明日香と家族は同時間帯にいるはずなのに、部屋の明るさが違うなぁ、とか(ぼく的には、「ガラス戸の"さん"のかたちがLEGENDARY PICTURESのロゴみたいで気になってしょうがなかった」)。勘のよい人なら、「あぁ、これは『シックスセンス』的な話なのかな」と思う事でしょう。また、勘が悪い人用にも、この映画ではわざわざ明日香に「あれ?この場面どこかで・・・・・・」と、目の前の光景に疑問を抱かせる台詞をつぶやかせています。それでも気づかない人もいると思いますが、バカは足切りしたうえで話を進めたいのでほっときます。

観ている側としてはぼんにゃりと、「あぁ、これはJホラーというよりは、不安定な心理状態を描こうとしているサイコスリラーなのかな」と感じました。ところが、そうではありませんでした。団地の砂場で出会ったミノルくんは、幽霊だったのです! がーん! ・・・・・・おい待てややこしいわ!

ミノル君は何故明日香に見えたのか、というのはよくわからないまま話が進むのですが、ここでひとつ突っ込みたくなる事があります。それは、「死んだら霊になれるの?」ということです。この映画においては、ミノルくんが存在している以上、「死んだら霊になる事もある」世界で明日香は生きているという事になります。そして物語は進み、明日香は気がつくのです。自分の両親と弟が死んでいた事を!

えっだったらさあ、ミノルくんみたいな他人でも化けて出れるんだから、自分の死んだ身内にも会えるかも、って思うのが人情じゃねぇ!?

この世界にはきちんと孤独死ジジィやミノルくんを祓ってくれる祈祷師が登場して、お祓いも堂に入ったものであり、そのおかげでジジィはまもなく(死んでるけど)無事昇天しました。そのくらい、祈祷師は使えるヤツでした。

だったらさぁ、明日香はさぁ、事故の現場に行って自分の家族の霊とか呼び出して欲しくねぇの? ごめんなさいの一言でも言えるんじゃねぇの? バカ! 明日香の意気地なし!(往復びんたを食らわせる) ・・・・・・そんな突っ込みを入れたくなる、都合のいい(この映画においては「観客を怖がらせる」)霊しか出てこない描写を見るに、「この話・・・・・・どう着地するんだろう・・・・・・どうでもいいけど・・・・・・」と思わざるを得ませんでした。

それから、振り返ってみればいきがかり上死んでしまっただけの笹原くん。明日香と自分の間を裂こうとした、的な理由でミノルくんに最後は焼却場で焼き殺されるんですが、だったら笹原くんのトラウマは彼女を植物人間にした事じゃなくて、ズバリ、「彼女に子供を堕ろさせた事」にすればよかった。「生きる事を自ら選べずに死ぬ恐怖を味わえ!!」って感じなら、観ている方も、「可哀想だけど自業自得かもね」とか思うじゃないですか。ついでにあの焼却場のシーンでは、今まで笹原くんがオナニーの際に使ったティッシュが降り注いで、そのティッシュから「お父さん、ぼくたちここで焼かれて熱かったよぅ」って、無為に放出された精子たちの恨みつらみがあちこちから聞こえて、それがまるで自分に逢いたかったかのように次々と積み重なっては燃え尽きて・・・・・・こんな展開だったらぼくはハンケチが何枚あっても足りませんよ。

さて、ダラダラと書いてきたんでそろそろ締めますが、この映画に足りないもの、それは明日香の「死にたくない / 生きていたい」という気持ちなんじゃないかと思います。

明日香が叫ぶ、「いやあぁぁ!!」は、「何に対しての」ものなのか。ミノルくんという霊と会いたくないから? 怪奇現象にびっくりしたから? そうではなく、この映画がホラー映画であるならば、「死んでも死にたくない!」という気持ちが必要なんじゃないかなと思うのです。自分を死または現世のものとなくそうとしている対象に必死に抗うべきだと思うのです。ところが明日香は冒頭からそれほどテンションも高くなく、通ってる介護系の学校の様子もそれほど楽しそうには見えず、なんか途中からずっと、「死んだらいいんじゃないかな・・・・・・霊魂となって家族に会える可能性はミノル君によって証明されている訳だし」としか思えず、「恐怖表現」自体も「もうそれはどうでもいいです」という非常に萎えたものになってしまいました。

なんでこんな出来になっちゃったんだろうなぁ、と鑑賞後すぐは思っていたのですが、帰宅してからパチンコ版(大当たり確率1/399.6とか、そっちの方がホラーだわ)のリーチアクションや確変モード演出やら、テレビでのスピンオフ企画やら、”The Complex”という新手のJホラーとして海外展開しようだとか、つまりは、「船頭多くして船山へ登る」状態だったんだろうなぁなどと邪推して、作品自体もまた、成仏の出来ない悲しい存在になってしまったとお悔やみ申し上げたくなったのでした。お手々のしわとしわを併せてしわ寄せ。なーむー♪

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