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ミュータント・タートルズ


Teenage Mutant Ninja Turtles

感想:

「トッピングにアンチョビをお願いします」

この一言をピザ屋のスタッフに電話越しで伝えることが出来たその瞬間、「俺も大人になったもんだな」と思わずにはいられませんでした。

独り暮らしをはじめていました。

ピザのトッピングにアンチョビ、というのはもちろん、「ティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ(以下TMNT)」の影響でした。彼らはいつもピザを取る際の注文で、トッピングにアンチョビを頼んでいました。

「いや、彼らはアンチョビ嫌いなはずだよ」

という人もいらっしゃるかもしれません。このエントリを書くに当たって改めてインターネットで調べたら、「彼らはアンチョビが好きだよ派」と「彼らはアンチョビは嫌いだよ派」に分かれていたのです。

TMNTはアメコミ原作を基に長年に渡ってアニメシリーズが放送され、実写映画版も作られていて、「アンチョビ好き/嫌い」は時期によって設定が異なっているのかもしれません。とにかくぼくの記憶では彼らは「アンチョビ好き」で、おもちゃにも「Anchovy Alley」というピザ屋と基地が合体したようなものが販売されているので、アンチョビを嫌いだったとは思えないのですが、誰かこの事情ご存知の方いらっしゃいましたら教えてください。

とにかくそれで、ピザを注文したのです。独り暮らしになってからのデリバリー注文は興奮しました。親兄弟と交渉することなく、自分で自分の好きなメニューを頼める。そしてその時やってみたかったのがこの「アンチョビ載せ」だったのです。

大変興奮しましたので、味がどうだったかは忘れましたが、別に今注文しても特に何の問題もない気がするので、少なくとも不味くはなかったのだと考えます。

それほどまでにわたしに影響を与えたTMNT、そんな彼らがスクリーンに帰ってきた!!

その情報を聞いた、ピザのトッピングにアンチョビを頼むほど影響を受けた私はこう思いました。

「仕切り直し何度目だよ!!」

実際には実写版の頭からリブートははじめてなのですが、タートルズで検索するとあれやこれやとシリーズが出てくるので、今回また話初めから、という事を聞いて観る以前から「また下水道で亀が育ったくだり聞くの?」とちょっとゲッソリしたのでした。

さて、実写版TMNTの最初の三部作が作られた時は、まだCGなんてものがVFXで大っぴらに使える時代ではありませんでした。雷ひとつバリバリバリって描写するにも人間が1コマ1コマ手描きし、それに透過光処理をしたものをオプチカル処理で映像に重ねるという感じに、手間暇のかかるものでした。

当然亀は着ぐるみで、それによりアクションシーンはアニメに比べると随分モサモサとした感じになっていましたが、当時は他に方法がないという事は皆承知していましたから、ハワード・ザ・ダックやE.T.同様、着ぐるみキャラクターに関しては「中の人とマニピュレータが頑張っているな」以上の感想は出てきませんでした。

2007年に「TMNT」という略称で劇場公開(日本はDVDスルー)された作品は3DCGアニメーションで、劇場公開アニメが2Dから3DCGへ移行している過渡期に制作された一本でもありましたが、話は忘れました。「悪くない」という感想が記憶の片隅でおぼろげに灯っている程度の一本でした。

そして今回の「ミュータント・タートルズ」です。

リブートですので「どうしてこうなった」を説明するパートが出てきますが、バカみたいに「最初から順を追ってやる」のではなく、オープニング・クレジットである程度の説明(彼らが既にTMNTとしてこの世界で行動している)をサクッとしておいて、その誕生の秘密については劇中ストーリーの緩急の「緩」の部分で反芻するかたちで盛り込まれており、それと共にエイプリル含めた本編の全容っぽいものが明らかになるというのは、話を追うこちらとしては分かりやすい展開だなと思いました。ただまあエイプリルを「ある理由」から今シリーズでは必要以上に一蓮托生状態にしてしまうってどうよ……とも思いましたが。

ストーリー自体は突っ込んでいたらキリがないし、「アニメだったら許してる」演出ばかりなので書きません。お話としてはからっぽです。「俺たちTMNT只今参上続編夜露死苦」以上に言いたいことはないでしょう。

CGの進歩ここに極まれり、ということでCGIで書かれた彼らと実写部分との融合(と演技)についてはまったく問題ありません。というか今回感動したのは、4人それぞれがどんなキャラクターなのか、それを彼らの仕草や表情から、観ているうちにバッチリ判別することが出来るようになっていたことです。

前回の実写版映画ではパッと見「ハチマキ(目隠し)の色」くらいでしか見分けられなかった彼らが、体型は元より動きや仕草、さらにお辞儀ひとつにも頭を下げるタイミングの違いでそれぞれの性格がわかる(ラファエロは意地っ張りなので最後まで葛藤していることが伝わってくる、など)という、演出の丁寧さに感動しました。

アクションも昨今の香港映画に負けず劣らずのスピードと殺陣で素晴らしかった(CGだけど)。大味で分かりやすい殴り合い描写を好むアメリカの観客が、現在これだけ速いアクション・シーンを楽しめるようになった理由のひとつとしては「マトリックス」はじめとした作品でハリウッド・クンフー・アクションを進化させたユエン・ウーピンの功績があり、また他には「バーチャ・ファイター」や「鉄拳」など、.1秒の操作で勝ち負けが決まる格闘ゲームが一般家庭の娯楽として浸透した影響が大きいのではないかと考えます。

動きが速いのは亀にとどまらず、敵役のシュレッダーもそうでした。相変わらずのギンギラギンじじいでしたが、前回実写版を演じたショー・”忍者”・コスギに比べて「鎧なんか無くても中の人充分強い」という場面をしっかりと観客に認識させるシーンがあり、VS亀シーンで彼ら4人がかりでも苦戦するのが納得出来ました。

クライマックスはハリウッドアメコミSFアクション映画でおなじみ「都会の高層建築物がブッ倒れてガシャーンってなるシーン」の登場です。もうこんな感じの映像を何度観たことでしょう。理由として「極端な高低差(距離)がある場面は盛り上がる3D演出がつけやすい」ということなのでしょうが、この手の映画のクライマックスに関してはもうちょっと色々あってもいいんじゃねえの、と思います。

あとちゃんと「忍者」として終始隠密行動だったのも良かったですね。ラストでラッパーのステージに上がり込んで「GOニンジャGO!!」なんて掛け声にのせて踊りだしたらどうしようと思っていたのですが、そんなことは起きませんでした。闇に隠れて生きるという、忍者ならではのカッコよさをわかってそれを貫かせた製作陣は偉い。

ストーリーの狂言回しとなるエイプリル役のミーガン・フォックスは、ジャーナリストを目指す真面目なお姉さんをけなげに演じており、マイケル・ベイに干されたのがよっぽど堪えたのかな、といらぬ心配してしまうほど普通。「トランスフォーマー」では主人公と付き合う事となった瞬間、「あ、俺が観ているのは映画だったな、こんなの現実で無い無い」と我に返れるほどのフェロモン全開美女だったのに、今回は特に性的な魅力を感じませんでした。このまま「漫画映画のお姉さん」としてキャリアを消化するのでしょうか。エロシーンとかねえしな!!

だいたいこういうゴージャスなお姉さんが折角映画に出ているのですから、シャワーシーンのひとつでもあっていいもんじゃないの。乳を見せろとは言いません。尻を見せろとも言いません(着衣での尻見せカットはある)。ただ、裸体のシルエットくらいはね、サービス・シルエット・ショットくらいはあったっていいじゃないか!!

エイプリルさんあなたね、雪山に住んでる大企業の社長んとこ行ったじゃないですか。雪山なんて寒いとこ行って、何でひとっ風呂浴びて暖まらないか。

社長も社長だ。演じるのはウィリアム・フィクナーですよ。あんた「パーフェクト・ストーム」のクライマックスでガタガタ震えてたじゃないか。震えてた理由はこれから大波に呑みこまれる恐怖、つまり水死を想像してたからではないのか。冷え切った体で過ごすのは誰しも辛い、それを知っている人間じゃなかったのか。

「冷え切っているね。シャワーを貸そう」

この一言が何で言えないか。いや、お宅のような大邸宅だ、シャワーといわず、ジャグジーもあるだろう。お湯を張るのがそんなに手間か。小さいころから知ってる同僚の娘さんだろうが。

「川棚らしく、新しく、美味しく、楽しく、美しく!」

湯上りにリラックスしたエイプリルからこんな感想が漏れるようなおもてなしが何故出来ないか。

そりゃね、私は身長低いですよ。エイプリルと合体チャンスがあったとしても、到底立ちバックなんか出来ないちんちくりんですよ。でもね、そんな私だって、エイプリルが立ちバックしてるとこは観たいですよ。ブラウン管の向こう側から、格好つけた騎兵隊の格好して、俺のピカピカに光った銃をブッ放したいですよ。

この際ウーピー・ゴールドバーグでも構わないですよ。

何の話でしたっけ、まぁいいや以上。

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