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47RONIN


47RONIN

感想:

今回の感想は世界で一番信頼できる情報サイト、Wikipediaを参考にしながら書きました。

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「殿中でござる! 殿中でござるぞーッ!!」

個人的に「忠臣蔵」といわれて真っ先に思いつくのがこのセリフだ。しかもそれは本編を見たからではない。「ドリフ大爆笑」に時々出てくる松の廊下コントにおける志村と加藤のやりとりから覚えたものである。

このコントは抜刀御法度の殿中をいいことに、志村扮する吉良上野介が加藤茶扮する浅野内匠頭を徹底的にコケにするという忠臣蔵「刃傷松の廊下」を基本としながらも、去ろうとする志村の長袴を加藤が引っ張って転ばせるという、同世代のドリフ好きおっさんおばさんなら一度は観た事はある一編だ。あの長い物語で松の廊下、つまり愚弄に耐えかねてご法度を破るというくだりを使ったのは、今ほど多様な娯楽がなかった当時の庶民の大半が知っていた話の有名なシーンだったからであろう。

また歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」においては上記ドリフのコントとなった三段目に続く四段目、殿中抜刀により塩冶判官高定が領地没収ならびに切腹の沙汰を受け事に及ぶ場面は「出物止め(もしくは「通さん場」)」といってこの段のみ途中入場が出来ず、また劇場内にあるお茶屋へ注文を頼んだりまたそれを席まで配達する事が禁じられていた、というくらい重要な場面であることを落語の「淀五郎」で知った(そしてこの噺に出てくる大星力弥の台詞「未だ参上仕りませぬ」が前述のドリフコントにパロディとして入っていて、何十年か越しに感動した)。

これらをみて思うのは、日本人にとっての忠臣蔵かなめの部分というのは、
「”そこまでやられて黙っていられる訳がない”程の事をやられた人間が結果大勢の家臣が路頭に迷うほどの罰を受けたのに、それをそそのかした加害者がその後ものうのうと生きているのは許せない。仇を討つべし」という点だということだ。 もう一つの山場である討ち入り、そして浪士一同の切腹。「忠臣蔵」とは家族ともいえる一つの集団の義の話であると同時に、「最早泰平となった世の中で、武士が切腹承知で刀を抜かねばならない時」の話でもあると思う。

47RONINはなんでそこ変えちゃうかなぁ。

当初を大幅に上回る追加予算をかけた本作だが、どれだけ追加しようとも傑作になりえないのは、上記日本人の琴線に触れる部分がスッポリと抜け落ちているからである。「無念」という想いに対する同情がさ。

確かに47RONINでも浅野は吉良に刃を向けるよ。でもそれはミヅキ(菊池”今回はヌメヌメした演技”凜子)の妖術によるものなんですよ。えっだったらコイツ殺せば終わりじゃん、って話で。

なのでこれを受けて将軍から切腹の沙汰申し付けられ、ブスッおよよって腹切ったところでですね、無念感が足りないんです。仇討ちをする理由が弱い。浪士が立ち上がった理由は「吉良の浅野への、ひいては赤穂藩へ対する侮辱」が絶対に必要で、そのためには観客に「吉良を」徹底的に憎ませなきゃいけないんですよ。コイツはどう考えても殺されなきゃおかしい、って感情移入が出来る方法で。

ところがさー、今回吉良結構いいやつでやんの。不遇を恨んではいるけれど、それでもちょっと人殺すとかはヤダナーって悩んでる程度の小悪党。しかも時折不敵な表情を見せるものの、基本ニコニコしてんですよ。「浅野さんちの娘さん綺麗だからお嫁さんに欲しいなー」とか思ってる程度で。目ぇつけてた藩がお取り潰しで俺のもんになって領地拡大でもうウハウハですよ、ってのは武士の出世ステータスの目安として石高ってのは基本なんだから、それ自体は悪い事じゃない。最後の最後、吉良が大石に討ち取られる場面、是が非でも殺るべしってほどの悪行をしてないからカタルシスが生まれてないんですよ。討ち取ったり感が全然足りない。逆に、「あーなんか吉良ちゃんたぶらかされちゃったあげくに殺されてかわいそー」とも思えちゃったり。

で、これはネタバレになるんですけれど、四十七士はみんな最後切腹するんです。でも仇討ちの動機が薄いままだから、そこまでして吉良殺したかった? って思っちゃって何だか居心地悪い。
「今日は天気もいいし桜も満開だから、ここはひとつみんなで腹でも切ろうか」ってピクニック気分で内臓ぶちまける事が出来るのがSAMURAIなんですかって言われたら、さすがにそれは違うんじゃないでしょうかって突っ込みたくもなる。

あ、ぼくは別にその辺の1,800円払ってクソみたいな感性しかないのに上から目線で「史実と違う」とかいいかげんな事言ってる映画バカを擁護しているわけではありません。単に「切腹する羽目になってもご主君の無念を晴らす」というポイントがきっちり描けていればよかったのにね、という話で。だって史実では実際はそもそも浅野がなんで吉良に切り付けたのかは理由不明のままなんだもん。そういう点から考えると、幕府の沙汰も真っ当だと言わざるを得ない「元禄赤穂事件」を「吉良討つべし」と観客に感情移入出来る筋書きをつけて現在まで語り継がれる人気エンターテインメントに仕上げた「忠臣蔵」って凄いよね、だったらそれを別の形で表現する際には、この話の肝の部分は細心の注意で扱うべきだったよね、という話をしている訳で。

そんな訳で長くなりましたが、"「47RONINは忠臣蔵か?」と聞かれたら、「違います」と答えるのコーナー"は終わりますね。

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さてではこの映画を、「47RONIN」という、いやー何か史実に基づいた話らしいけど、そんなもんは知りませんなーわっはっはという目で改めて観てみることにしましょう。

何かね、キアヌリーブスが最初から最後までお腹の具合が悪そうな顔してた映画でした。

日本が舞台という事なんですが、まぁ良くあるアジアに対する適当なイメージで、中国とか韓国、あとチンギス・ハーンの頃のモンゴルっぽい感じをとろ火でコトコト三昼夜、といった感じのビジュアルイメージなんですよ。わかりやすい例えでいうと、「光栄から出てる歴史シュミレーションゲーム全部詰め込んでスマッシュブラザーズみたいなゲーム作った感じ」あ、それは『光栄無双』って呼べばいいのか。まぁこれはこれで異彩を放ってて悪くなかった。

こういうアジアごった煮描写をみると、「日本にこんなものはない。あれも違うこれも違う」ってこれ見よがしに語りたがる、普段のうだつが上がらない生活を映画批判することでうっぷん晴らしてる素人童貞のうすらトンカチがいたりします。そういうやつの頭の足りない感想を聞くたびに毎回、

「それはお前が日本に生まれて日本で教育を受けて日本文化を学んだからそう思えるんだバカ。義務教育が出来た事を威張っていいのは中3までなんだよ」と言いたくなります。

例えば「ヨーロッパ」って思い浮かべてください。「アメリカ」って思い浮かべてください。そこに我々が思い描くのは、あくまで今まで自分が受け取ってきたイメージからしか想像できない風景のはずです。でもそれは本当に「ヨーロッパ」「アメリカ」でしょうか。もしあなたがスケッチブックとペンを受け取ってこれらを書いたなら、ぼんやりとした印象のものしか書けないと思います。お城描いちゃったりとか、自由の女神描いちゃったりとか。そもそもヨーロッパってどっからどこまでなんだとか。だから本作も世界の人たちが何となく、「あー、これはアジアの話だなー。お城と侍いるから日本なのかなー」程度に認識出来ればいいと思います。そもそもこの映画のジャンルは指輪のヒットに乗っかったファンタジーSFアクションの派生系日本版で、史実を忠実に再現した時代劇ですとは言ってないんだもん。

そんなわけで長崎・出島は良かった。「パイレーツ・オブ・カリビアン」かと思ってライドに乗ったら出てくるのは「ランボー3・怒りのアフガン」ですよ。最高じゃないですか。真田広之とキアヌ・リーブスがお互い仲間でありながらも刃を交わさなければならない、その理由が取ってつけたものだろうが面白かったらいいじゃないですか。ポスターにバーンって出てた全身刺青ガイが出オチ程度だったのは残念でしたけど、ここはちょっと面白かったです。

あとはやっぱ、天狗からもらった秘剣でかーるく木の枝を切り落とすところね。これ、これですよぼくがこういった映画に求めているファンタジー感は! これぞ秘剣! って事を説明台詞無しに一発で分からせる映像ですよ。でもそのあと特に何が凄いって訳でもない扱いに逆戻りしてチャンチャンバラバラしてたので残念でした。もっとやれとしか言いようがなかったくらいに。

そうはならなかった理由にレーティング問題があったのかなとも思います。と書いて気が付いたけどそういえば血がブシャーとかなかったな。まてまて、これはダメですよ!
チャンバラ表現の使い古された言い回しに「襲いくる敵をちぎっては投げちぎっては投げ」ってあるじゃないですか、あれはつまり、何らかの四肢が空中にバンバン舞い上がっているってことでしょう。もっと四肢を! ドバドバの流血と大量の部位欠損表現があってこその時代劇じゃないんですか! そして片腕一本無くなったところで刀が振れない訳ではないと奮い立ってなおも進もうとする姿を人は「勤王の四肢」と呼ぶんじゃないんですか!

ところで今思ったのですが、監督は童貞ですよ。

だって出てくる女のバリェーションなさすぎるんだもん。
「幼馴染みで昔から好きだったら、それからもずっと好きでいられるんだい!」とか、
「男をたぶらかすような女は悪いに決まっていて、最後は報いを受けるんだい!」とか、この話が勧善懲悪だからという理由を抜いても女性が描けてない。それからおっぱいが出ていない。柴咲とはいわんが、菊池はもういくら出しても減るもんじゃないんだから、忍法乳しぐれくらいはパクってもよかったんじゃないかと思う。約2時間のモタモタした映画ですよ、30分くらいで一度おっぱい出して御覧なさい、「あっ」て眠気が醒めるから。もう30分頑張ったらもう一回出てくるかもしれない、とか思って興味の持続が出来るじゃないですか。何故やらないか。 あと冒頭のこれみよがしな「ヤッター、大好きな『もののけ姫』実写で再現出来たヨー!」感とかさ。名も知らぬ童貞監督よ、お前はまずトルコに行け。そして自分で考えろ(撮影は主にブダペストとのこと)。

吹替えで観ましたが、やっぱ時代劇は「ご主君」とか、時代劇言葉で喋ってるとどんだけファンタジー突っ込んでてもそこだけはそれっぽく見えるもんですな。リピーター割引やってて1,000円なので、今度は字幕版で観たら印象変わるのかやってみようかな。だってさ、こどもに自慢したいじゃないですか。
「お父さんはね、”47RONIN”を3D吹き替えと字幕で2回も観た事があるんだよ、もちろんお金を払ってね」って。そんな武勇伝今日日滅多にないですよ。

最後に一言。アメリカでは12月25日公開だそうです。忠臣蔵といえば年の暮れが似合います。なかなか粋な計らいじゃあないですか。どうか年明け、この映画に関わった人間が評価やボックス・オフィスなどを理由にRONINになりませんように!

―了―

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