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ドラッグウォー 毒戦


Drug War

感想:

世の中には「見なきゃいけない映画」ってジャンルがあるんですよ。

今はどうか知りませんけれど、ぼくが小学校に通っていたころは年に一回くらい体育館を使って映画の上映会を開いていましてね、えっ今日勉強せずに映画観るだけで2時間潰れるのヤッターとか思いながら体育座りで見せられた映画が「はだしのゲン」とかでギャー、みたいな体験をしてたわけです。

子供の心に平和の大切さを感じる事より死の恐怖をトラウマとして植え付けてしまうような作品を毎年(「はだしのゲン」は三部作)見せられると、流石に小学校高学年の頃には上映会の日は憂鬱にしかならなくて。当時の作品は今より差別表現もキツいですし、特殊メイクもまだ全然だったから、ケロイドを患った皮膚の表現なんかは本物以上にエグい感じになったりして、はたしてあれが教育の一環として有効だったのかというと、非常に疑問に感じます。私語を禁じられ、窓に暗幕を張ってムンムンした湿度の中で行われた上映会は、映画そのものの内容より「無理矢理映画を見せられるのはいやだなぁ」という気持ちの方が断然に強かったなという想い出しか残らなかったのです。

「映画を無理矢理見せられる」といえば、運転免許をお持ちの方ならご存知でしょうけれど、定期的に行われる更新手続きの際にですね、その有効期間中に交通違反や事故などを起こしていると「飲酒運転やスピードの出し過ぎによって起きた、第三者を巻き込んだ事故によりその後の人生を台無しにしてしまうドライバーの話」みたいな映画を強制的に見せられるんですよ(場所によっては1時間程度の講習受講という場合もあります)。

これを見ないうちは免許を更新すること相成らぬ、っていうんでみんな嫌々見る訳です。劇中誰かと誰かの間に恋愛感情が芽生えたり、手練れのカンフー使い同士によるバトルが始まったり、「実はそこは地球だったのです!ババーン!」みたいな驚愕のエンディングとか絶対ない、ただただ一分一秒たりとも早く終わってほしい、早く免許もらって帰りたいという感情しか湧き起こらない映画を見なければならない。苦行ですよ、苦行(ただし斜めからの突っ込みモードで観ると、たいそう楽しめる場合もある)。

ただ、こういった映画を作る側の人々の苦労はわかります。本筋から外れる事の許されない、四角四面な道徳で構成された作品、そのクライアントが教育機関だったり国家権力だったりする場合には、言われた事から外れずに作ってこそプロフェッショナルだとも思うので。


「ドラッグ・ウォー 毒戦」は脚本はじめ中国当局のチェックが入り、撮影・編集後もいくつかのバイオレント表現をカットするよう指示されるなど、完成までに苦労が絶えなかった作品で、劇中仲間(警官側)の裏切りや実は黒幕は署内のお偉いさんだったなんていう予想外の展開は絶対に起こらない、「勧善懲悪の正しい中国刑事アクション映画」でした。しかしそういった好き勝手出来ない事情があるなかで、「どこまでだったら過激なエンターテインメント表現が許されるのか」という事にも果敢にチャレンジしている作品でもありました。またひょっとしたらこれは「麻薬は良くない、警察は優秀、悪人は許さない、びっぐぶらざーうぉっちんゆー」という中国当局が人民に浸透させたいイメージを映画によって周知してみる新手の公共広告機構的試みなのかもしれません。ダメ、絶対。みたいな。まあそれはしょうがないよね。

さてそんな本作のみどころはというと、まず主役であるジャン警部(スン・ホンレイ)の物真似。麻薬組織の大元締めに接触するために連絡役のジャンキー(キマっているようにしか見えない)や他の組のボス(身振りが大げさなビッグマウス)の真似をします。俳優としてみると三役演じ分ける事になりますが、警部のキャラが真面目で妥協を許さない人物という事でそのふり幅を楽しめ、出ずっぱりな状態のスン・ホンレイを飽きることなく見続けることが出来ました。

次に中盤に出てくる麻薬工場で働いているろうあ(聾唖)の兄弟。会話はすべて手話で行われますが、どんな会話がされているかは字幕で説明されるので安心です。死刑をまのがれるべく捜査に協力しているテンミン(ルイス・クー)が、工場の事故で家族を亡くした事を伝えるとすぐにそれを弔おうと涙を流し、線香や紙銭(中国で死者のために燃やす紙製の銭。日本でいう冥銭)が売っている店が閉まっていると知ると、麻薬で稼いだ「本物の紙幣」の100元札をジャンジャン燃やし始めるほどの人情派でした。そのとんでもない金額のお金が燃やされているのを見張っている警察側は、犯人を追跡するのにガソリン代にも事欠く追跡班に、みんなが自腹を切って支援しているという状況です。当局への目配せなんじゃねぇのと思ってしまうくほどのあざとい演出だなとは思いましたが、最初から最後まで法と正義のために行動する彼らの心意気を説明抜きで表現するためにはこのくらいやってもいいのかな、とも。

で、このろうあ兄弟にはその後派手な銃撃戦の見せ場があってですね、その導入部は警官隊と兄弟の片方で撃ちあいがはじまるんですけれど、そこにもう片方による明らかに一発ギャグを狙ったカットが挟みこまれていて、それはもう、私は今までつんぼの人間をこれほど笑ったことがあるだろうか、いやない、という出来の素晴らしいカットでした。その後なんとか修羅場を潜り抜けた兄弟は、しばらくの間ホテルに身を潜めます。生き延びた二人に訪れた、追われる身ながらも自由に行動できるその時間。「ろうあの休日」と呼んでも差し支えはないそのひと時を、髪を切ったりジェラートを食べたりすることで心癒してほしいと思いました(そんなシーンは出てきませんが)。

毎度のことながらそろそろ飽きてきたので締めますが、夜のシーンで照らされるビルの青さやフィルム撮りの質感などに、80年代の香港映画を思い起こさせる懐かしいものを感じました。またクライマックスに再び始まる銃撃シーンに、「街中だと許可下りないんで、このあたりだったら撮影していいよ」とでも指示されたかのような、クライマックスにしてはショボいその場所を見て、「『五福星』でジャッキー・チェンがローラースケートで自動車追い抜いてたシーンも同様にショボい道路だったなぁ」などと思い出したり。

「Gメン75」や「太陽にほえろ!」が好きだった人(つまり刑事ドラマ好きおっさん)にはお薦め。あと上映していた立川シネマシティは駅改札から横断歩道などを渡らず歩行者回廊を使ってストレートにたどり着けるようになっていたのは良かった。

本作をきっかけに中国で制作される映画の表現が「徐々に」自由になっていくとよいですね。当局の人たちも、本当は自由にやらせた方が面白いのは分かってんだろうけどさ。

冒頭申し上げたように、世の中には「見なきゃいけない映画」ってジャンルがあるんですよ。だから中国政府はですね、交通違反を犯したドライバーが啓蒙映画を見せられる様に、売る買う問わずドラッグに手を染めて捕まったものには本作を見せて猛省を促し、「どうだ、犯罪に手を染めたやつの末路は悲惨だろう。それでは本番だ」といって刑を執行していただけたらと、それを願って止みません。

p.s.
浣腸により肛門から排出された麻薬を詰めたカプセルを見て「恐竜の卵」というアイスが食べたくなりました。今度買ってきて容器のまわりにカレーを塗りたくり、この映画への想いを馳せながら完食したい所存です。アディオス。

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