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天国から来たチャンピオン


Heaven can wait / Down to Earth

感想:

映画「天国から来たチャンピオン」、huluにウォーレン・ベイティが主演した1978年版と、クリス・ロックが主演した2001年度版(こちらの邦題は正式には「天国から来たチャンピオン2002」だが、全米公開されたのは2001年なのでややこしい)があったので続け観してみました。

どちらも基本となるストーリーは一緒です。

ある業界で晴れの舞台を目指す主人公は不慮の事故に遭い、天国へ連れて行かれそうになるが、それは天使の手違いで実際はもう数十年生きる予定になっていた。しかし既に自分の死体は荼毘に付されていたので、代わりに今しがた死んだ大富豪の肉体へ乗り移って現世へ蘇ることになる。
その大富豪が富を得るために非道の限りを尽くしていたことを彼を訴えに来た女性から聞いた主人公は、それらの悪行を一掃する行動に出る。
そして主人公は自らの夢をかなえるべく、金の力で晴れの舞台へ出るチャンスを得るが、大富豪の体は一時的に借りていただけだったので新たな肉体に乗り移る必要があった。晴れ舞台に立つための肉体に乗り移った主人公は無事その役目を果たし、彼女とも再開する。

現代はそれぞれ「Heaven Can Wait」と「Down to Earth」。あっ、アイアンメイデンの曲名とレインボーのアルバムタイトルだ! とか思ったあなたはヘビメタの聴きすぎ。主人公の職業はNFLのアメフト選手とニューヨークのスタンダップ・コメディアンです。

そのタイトルに、はて? NFL選手やコメディアンの事を何故「チャンピオン」と呼ぶのかな、と気になって調べてみたところ、この映画の元ネタはボクサーの話で、1938年の舞台劇「Heaven Can Wait」が基になっているということでした。それが1941年に映画「幽霊紐育を歩く(Here Comes Mr. Jordan)」となり、「天国からきたチャンピオン」は、このリメイクとなります。

2001年版のタイトルが「Down to Earth」となってるのは、1947年に同作をアレンジしたミュージカル映画「地上に降りた女神(Down to Earth)」から取ったのだと思います。この作品での主役は「ショーシャンクの空に」の原題に引用され、作中主人公が収容されている刑務所の房に貼られていたポスターの女優でおなじみ、リタ・ヘイワースです。

 

という訳で、ここまで調べて分かった事は「タイトルと内容、どちらも全然違うやんけ」ということでした。と、徒労。

 

1978年のウォーレン・ベイティ版は彼の男前さもあり、観ているうちに主人公の持つキャラクターに魅かれてしまいました。また最終的に乗り移った男として余生を生きるため、過去の記憶は無くなってしまうというトレードオフが行われたあとの主人公とそのコーチとのやりとり、そしてかつて別の人間として接していた頃知り合った彼女との再会シーンにおいての丁寧な演出と演技、多くを語らないエンディングが心にジ~ンとくる作品でした。

対して、2001年のクリス・ロック版は大まかなストーリーと決め所だけはそのままで、それ以外をかなりアレンジした彼らしい作品でした。

乗り移った白人富豪として「黒人の視点だから成立する人種差別ジョーク」を言ったり、困窮する黒人たちを擁護する発言をしたりして、ボコボコにされたり、逆に支援されたりします。

ところが残念なのは、最後まで乗り移った人物がどういう背格好かを出さないベイティ版と違い、クリス版は時折太った中年白人である大富豪の姿が出てきます。この「時折」というのが非常に中途半端な基準で、観ているこちらとしては「だったら姿は白人中年で、声だけクリスにすればいいのに」と思うことしきりでした。

クリス版では、主人公が好きになるのは黒人の女性です。乗り移っているのは白人中年だとすると、見た目でなく中身に彼女が惚れたということに説得力を持たせる描写がほとんどない。実際に画面でやり取りしているのは黒人であるクリスです。「人種差別ジョーク」を入れていることで、白人と黒人が見た目にとらわれずに恋をすることに意味を持たせたいのかそうでないのかがわかりません。「善い行いをしたら惚れられた」というのは、あまりにご都合主義ではないでしようか。

そしてベイティ版で観客がジーンとくる重要なシーン、それらはほとんどアレンジされずに使われています。リスペクトしているからでしょうが、この映画では逆に「取ってつけた感」が強調されました。ていねいに描くべき主人公とパートナーの関係、彼女との関係性の描写が中途半端だからです。

またクリス版では、ベイティ版でかなりの割合で描かれる富豪の嫁とその嫁と不倫している秘書の話とその顛末を、映画序盤サラッと放り投げます。そのかわりに詰め込まれているのが、クリス・ロックのスタンダップ・コメディです。彼のライブ・パフォーマンスビデオならともかく、あくまでストーリーありきのコメディ映画で、彼の小噺を繰り返し聴きたいと思う人がどれだけいるでしょう。またそこで笑っているオーディエンスたちは、もしかしたら本当に彼の話を生で聴いて笑っているのかもしれませんが、所詮は「ウケる」という演出をされた上での「演技」です。何度か出てくる「俺(クリス)の話にウケるオーディエンス」のシーンが、結構苦痛でした。トム・ハンクスとサリー・フィールドの「パンチライン」を観た時には気にならなかったのですが、それはたぶん二人とも俳優・女優として「コメディアンを演じていた」からでしょう。

またクリス・ロック自身は好きなぼくとしては、実生活ではリッチである彼が、「貧しい暮らしをしている黒人の人たちを応援するよーん」という展開の2001年度版が好きにはなれませんでした。
本職の人が「リアルな世界のリアルなブラック・ジョーク」を映画に持ち込んでくる以上、「でもさあお前実は金持ちで成功もしてるじゃん」という想いがどうしても沸いてしまうのです。
彼の主演作でいえば「ヒップホップ・プレジデント(Head of State)」でも同様の感情が沸きました。要するに、「見に来た観客に『よくぞ行ったクリス!! 俺たち黒人の代弁者!!』という気にはさせても、実際(現実社会)にはそれほど何かをしているわけでもないよね、という気持ち。彼が現実をブッた斬る辛口コメディアンだからこそ、そういう問題を中途半端に映画に持ち込んでほしくはないのです。

ベイティ版は超傑作、という訳ではありませんが、二本続けて観たぼくとしては、勝敗をつけろと言われればベイティ版の圧勝と答えざるを得ません。またベイティ版はいわゆる"Netflix and chill"には非常に有効な一本なので、映画観たついでにセックスになだれ込みたい人には物語含め超お薦めです。

あー……ぼくも出会いが欲しいわぁ~

おしまい

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